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[C453]

ああ、概ね同意だなぁ…
挿絵云々についてはやはり作品のハイライトたる場面で
効果的に使われることで
その作品への印象付けがグッと良化すると思うんだよね。

どうでもいいが僕の読むライター上がりの作家は
文が下手くそなのばかりなのは何故なんだぜ?

[C456]

>take1さん
挿絵の件で仰られているのは「装飾として」の効果的な使い方の話ですね。現状での最良はそういう使い方なんでしょうけど、自分はその先を見たいワケでして……。
例えば、ゆずはらとしゆき『空想東京百景』や古橋秀之『蟲忍』は挿絵を超えた絵と小説の関わりを模索しているように思います。ただマスターピース級の作品はまだ登場していないようですね。

あとライター出身の方に求められる素質は「コンセプト・メーカー」なのであって、文を書くということは二次的なものだからじゃないですか?そのことが虚淵玄さんとか文章「も」上手いライターの方の活躍で忘れられているように思います。
  • 2009-10-08
  • 極東極楽
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ラノベについて思うこと。

ちょっとラノベについて考えることが多かったので、メモをこちらに残します。
Twitterは短期的なメモとしてはかなり有用なんですが、長期的なそれとなると検索性に欠けて使いづらいところがあるので。気持ちが良いほどのチラシの裏ですが、お時間のある方の暇つぶしにでもなれば幸いです。それでは以下追記にて。
・純文学はアートで、ラノベ(を含むヲタ系エンタメ)はデザイン。
要するに純文学は作者による問いかけであり、ラノベは読者(≒顧客)からのニーズへの回答、みたいな話。純文学は似たような話を求められないけど、ラノベは似たような話が往々にして喜ばれる。顧客が大体五年周期でほぼ入れ替わっているから、似たような話は鉄板でウケる。だから同じようなラブコメはいつまで経ってもなくならない。これはマンガとかエロゲにも言える話だと思うけど。

・(ラノベに限らない話にまで発展すると面白いけど)挿絵は表現を拡張しうる。
「想像力を奪う」という一面的な理解こそ危険。この辺の話はジン様のエントリを参照すると吉。
で、確認しておくと、この話の延長線上にいわゆる「ビジュアルノベル」は位置している。要するに「小説を核としてその装飾として、絵や音楽など他の表現を加えたもの」の最高峰。じゃあ、例えばジン様とか川上稔氏のようなゲーム畑出身のライターの方々が今やりたいのは「装飾ではなく、もう一つの核として絵、音楽などを小説に取り込む」ことではないかなーと思ってみたり。まぁ媒体は前者はエロゲ、後者はラノベだけど。
そういう意味で今最も参照されるべきゲームは(ジン様も度々口に出す)『Forest』。
ForestForest
(2004/02/13)
Windows

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余談だけど、沈黙する星空めておの新作『Girl's Work』はいつ発売なんじゃろうな。

・日常/非日常
舞台:展開→ジャンル
1.日常:日常→学園もの、ラブコメ
2.日常:非日常→異能力者バトルもの
3.非日常:日常→異世界学園もの
4.非日常:非日常→ファンタジー冒険もの

・ラノベの文章。
ラノベから挿絵をとっても純文学にはなり得ない。何故ならアートとデザインは目的が違うから。
しかし、大衆文学にはなりえる。桜庭一樹橋本紡など転身した作家も事実存在する。
で、これは要するに大衆文学がガラパゴス的(≒ヲタ向け)に進化したのがラノベでしょ?ってこと。
だから、文章構成は似る。描写を削り、スピード感ある展開を重視する。
「改行だらけの地の文に会話文だらけ」と純文学がお好きな方がよくラノベを捕まえて揶揄するけど、その揶揄はコーラを飲んで、「これはコーヒーとしては三流」とか言っているようなものだと僕は感じる。その「改行だらけ」「会話文だらけ」の文章は描写を切り捨てることでスピード感を獲得した進化の証。
別に「だから純文学はラノベに劣る」ということを言いたいのではなくて、その二つは目的が違うから手段が違っているよねと確認したいだけ。どっちを読むかはお好みでどうぞって話。
僕は「純文学は主食で、ラノベはお菓子」くらいな立場。食べ過ぎると太るけど、ないとやはり寂しいもの。
で、そぎ落とした描写を(犠牲にして獲得したスピード感を失わずに)補うために挿絵というのは有効と思う。イラストは瞬間的な把握が可能だから。
ところで、展開にスピード感があるから物語で扱う時間軸は長いし、設定の数も多い。その辺がヲタの中二病需要をガッチリ汲める要因であろうなー。

・『涼宮ハルヒ』シリーズ(に影響を受けた作品群)はつまらない、というか苦手。
絶対者がいる物語は嫌いって点が一つ。『~の溜息』でキョンがハルヒを殴らなかったあたりで、この作者と価値観を共有することはないなーと思っていたら、事実今日までそうなって笑える。
ハルヒの立ち位置、キョンの語り口、時間軸の設定とか評価に値する(≒時代を作った)ところも多いけど、個人的にはその運用や起承転結のやり方が不満だらけなのでつまらなく感じる。キョンとハルヒのラブコメいところも別にどうでもいいし、ハルヒ自体もそんなに魅力的なヒロインとは思わない。短編はハルヒの爆発力と作者の巧さで楽しく読めるから好きだけど、長編はもう読んでるのが結構苦痛なので読まなくなってしまったし。まぁ苦手ってこと。
セカイ系ラノベは『イリヤの空、UFOの夏』があれば正直十分だと思うな。
イリヤの空、UFOの夏〈その1〉 (電撃文庫)イリヤの空、UFOの夏〈その1〉 (電撃文庫)
(2001/10)
秋山 瑞人

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うむ、パラパラと一時間くらいで書いたけど、まぁメモだしこんなもんでしょ。
もしご意見ご感想あれば伺いたい。といってもメモなんであまりに手厳しいと困るけど(笑)
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[C453]

ああ、概ね同意だなぁ…
挿絵云々についてはやはり作品のハイライトたる場面で
効果的に使われることで
その作品への印象付けがグッと良化すると思うんだよね。

どうでもいいが僕の読むライター上がりの作家は
文が下手くそなのばかりなのは何故なんだぜ?

[C456]

>take1さん
挿絵の件で仰られているのは「装飾として」の効果的な使い方の話ですね。現状での最良はそういう使い方なんでしょうけど、自分はその先を見たいワケでして……。
例えば、ゆずはらとしゆき『空想東京百景』や古橋秀之『蟲忍』は挿絵を超えた絵と小説の関わりを模索しているように思います。ただマスターピース級の作品はまだ登場していないようですね。

あとライター出身の方に求められる素質は「コンセプト・メーカー」なのであって、文を書くということは二次的なものだからじゃないですか?そのことが虚淵玄さんとか文章「も」上手いライターの方の活躍で忘れられているように思います。
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